隣人もわからない?だからこそ生活のあらゆる場面で配慮は必要

今は昔のように隣近所のお付き合いが希薄になってきました。特に都市部のマンションでは、隣に住んでいる人を知らないというほどです。隣近所でも挨拶さえしない人もいます。

また、地方においても昔は玄関先の鍵が不用心なほどに隣近所の行き来が頻繁だったのですが(世の中がそれだけ平和でした。)、それもなくなりつつあります。昔は、それだけお互いに見知った人達の交流が盛んだったとも言えます。

そんな人との関係が希薄になってきたのが関係しているのでしょうか。様々な場面でちょっとしたトラブルが起こるようになりました。

「ゴミの出し方が悪い。」「子どもが騒いでうるさい。」「態度が生意気だ。」など、ほんの少しの配慮や気遣いで防げるものもありますし、相手に対してもっとおおらかになってあげれば、こじれないような問題もあります。

昔は防音設備がなかったのですが、よほどの時間でなければ近所の子がピアノの練習をしていても誰も苦情を言ったりしなかったものです。どころか、励ます人もいたぐらいです。それが今は、ちょっと音が漏れただけで怒鳴りこむような人もいます。

酷い場合には、インターネットの書き込みのように、自分が直接被害を被っていない相手に対してまでも、名乗りもせずに容赦なく罵声を浴びせるようなことが起こっています。

こうやって様々な場面を見ると、情報は氾濫しサービスのよい世の中になってきているのに対して、相手や周りの人に対する思いやりや、どうして相手が困るのか、という想像力が欠如してきているのかもしれません。

できれば、相手に思いやりを持てるようなマナーを身につけると減るトラブルは、たくさんあるのではないでしょうか。

伝える人も方法も減った?昔からのマナーも忘れ去られてきている

時代と共に変わってきているマナーもありますが、逆に昔から言われているマナーもまだまだ残っています。冠婚葬祭に関するマナーや、食事の作法など。他にも着物を着た時の所作は、見た目にも美しいものです。

これら昔から言われているマナーもまた、その根底は、先にも触れた相手や周りに対する配慮や気配りが元になっているものです。

だからこそその心と共に大切にしたいものですが、昔から伝わってきているマナーすらも知らない人が増えてきました。

それは、やはり核家族化が一因なのかもしれません。高齢者が増えている時代にも関わらず昔からの大切な心が失われつつあるのは、やはり上手く次世代へ伝わっていないこともあるのかもしれません。情報社会とはいえ、大切な心を伝える機会が減るのは残念なことです。

しかし、まだまだそれらを知る機会が無くなったわけではありません。今もその心を含めたマナーを大切にしている人や、伝えようとしている人もいます。そもそも着物という文化がなくならないのもその一つだと言えます。

ここでは、そんな人達の代わりにまではならないまでも、マナーを通して1人の大人として周りに心配りができるような大人になる切欠になってもらえたらと思います。

人にやさしく出来ない大人は恥ずかしいと思いませんか。

見栄を張っても格好悪い!間違いは素直に頭を下げるのが本当の大人

格好いい大人というのはどういう人を言うのでしょうか。

単に見た目が美しかったり、背が高かったりということではないことに気付く人は多いはずです。

もちろん、外見にこだわる人もいるでしょう。しかし、外見の問題としてではなく、その人の内面を見て格好いいという人もいます。例えば、他人に親切だったり、潔かったり、相手の価値観も認めてくれたり。

よく自分を格好良く見せようと見栄を張る人がいます。「見栄を張る」とは、言葉としてはうわべや外観を繕う、自分をよく見せようとする、という意味があります。

そんな見栄を張る人=プライドが高いのですが、そう言う人の特徴としては、自分のことばかり話す傾向があります。特に過去の話をしたがる人が多いです。現在で話せることがないからです。

ブランド品を身に付けたがります。これは女性の方が多いかもしれません。

よくSNSで豪華なランチや買った高級バックをアップする人がいますが、これらもある種、見栄の塊のように思えます。そして評価が欲しいがために、無理をするようになります。そうやって無理をしても、本当に幸せなのでしょうか。

見栄を張るのは、いわゆる「自信のない人」だとよく言われます。自分に自信がないからついちょっとした嘘をついたり大げさにして、見栄を張ってしまう。しかし、その嘘もあまり大きなものではないから、大抵の場合ばれてしまいます。

それでも中には、嘘をつくのが習慣のようになり、嘘をつくのに慣れてしまうと、虚言癖となってしまいます。こうなると嘘が自分にとって本当になってしまうので、やっかいかもしれません。虚言癖まで行ってしまうと、また話は変わってきてしまいますが・・・。

しかし、結局嘘はばれるのですから、何も格好いいことはありません。どころか、格好悪いものだと思われてしまいます。

そんなことより、さっさと正直になって見栄を張るのを止めた方がいいのですが、そう簡単ではないのでしょう。

正直というのは、ある意味自分の弱さを認めて受け入れることになり、かなりプライドが傷つくことになります。しかし、その高いプライドとは、本当は何なのでしょうか。

難しいかもしれませんが見栄を張らない、本当の意味で大人な人になる方がよほど格好よくてスマートだし、楽だし、自分も幸せになれるのではないでしょうか。

見栄を張らずに正直になれば、知らないことははっきりと「知らない」と言えるようになります。そして勝負があった場合に負けた時も、素直に負けを認めることができます。

それらは一見格好悪いように見えるかもしれませんが、真摯な態度が周りの評価を得ることが出来ると同時に、信頼性も上がるはずです。また、人の話を謙虚に聞くこともできるようになります。聞き上手な方だと相槌も上手です。

きっと自分も言いたいことはあるかもしれませんが、トレーニングだと思ってやってみるとできるようになっていきます。

謙虚という面で考えると他人に対しての思いやりを持つように行動してみます。もちろん、見栄を張る人に思いやりがないわけではないのですが、どちらかと言えば自分の思いが先に来てしまい、意図するわけではないけれど相手に対しての配慮に気付かない場合が多いです。

相手の立場でものを考えるようにしてみましょう。これもトレーニングが必要かもしれませんが、逆の立場で想像してみればわかりやすいと思います。

なかなかに難しいことですが、そうやってトレーニングをすることにより、マナーのあり格好いい大人へとなっていくことができます。

内容が違っても大切なことは同じ!コンサートでのマナーについて

どんなジャンルであれ音楽が好きでよくコンサートやライブに行く人は、会場でのマナーは御存じでしょう。

しかし、好きでもなかなか生の演奏を聴く機会がない、と言う人もいます。今までは興味なかったけど、聞いてみたいという人もいるでしょう。

そんな人にもコンサートやライブにもマナーがあることを知ってもらえば、新しく楽しい時間を過ごせるのではないかと思います。マナーを知っていると失敗せずにすみ、楽しさ倍増です。

音楽のジャンルにより大きく変わってくるマナーもあれば、音楽を聞く基本として共通するマナーもあります。

ライブの場合は曲にもよるでしょうが、クラッシックよりもマナーに煩くない印象を持つ人は多いかもしれません。しかし、履きモノからして気をつける必要があります。

例えば、高いヒールはケガの元になります。身体を動かす場合は特に自分や相手のケガを招きかねません。

多いのが、うちわやボードを作ってくる人。大抵の人は知っているでしょうが、胸より高く掲げると周りの迷惑になります。

ペンライトは会場が一帯になる素敵なアイテムですが、その会場で売っている主催者公認のものが一番です。よく店で売っているものもあるのですが、種類によっては迷惑になるものもあります。

同じファン同士でトラブルを起こさないよう、マナーを守りたいものです。

クラッシックの場合は、ライブと違って特に静かにして聞きます。そんな時に雑音が入ると、せっかくの音楽に水を差してしまうことになります。

咳などの生理現象は仕方ないですが(それでもハンカチで押さえる、曲間にするなどの配慮は必要です。)、おしゃべりや荷物をごそごそ触るなどの音は耳触りになりがちです。衣擦れやパンフレットをめくる音も意外に響きます。

曲中に会場に出入りすると雑音だけでなく、迷惑行為になります。遅刻したからと慌てて会場に入るのではなく、スタッフの指示に従って静かに行動するのがマナーです。

荷物が大きい場合や冬のコートはクロークに預けるのが間違いないです。皆がコートを持ち込むと音が吸収されて、音響に影響が出ます。

そして難しいのが、曲間の拍手。交響曲を代表に(楽章の合間がわかりにくい場合がある)、曲によっては拍手のタイミングがわからないことがあります。慣れている客も多くいるので、不安な時は周りに合わせるのが一番です。

どんなコンサートやライブだろうと同じに注意しなくてはいけないことも多くあります。

まず、飲食物の持ち込みです。基本禁止が多いです。屋外ライブなど飲み物はOKの所も多くありますが、条件があったり、ダメなところもあります。

クラッシックコンサートの場合はホワイエ(劇場ロビー)が飲食可能で、演奏の余韻に浸りながらアルコールを楽しむこともできます。ただし禁煙が多いです。

一番言われるのが、やはり携帯電話の問題です。マナーモードがOKのライブや電源を必ず切るようにアナウンスされるコンサートなどいろいろありますが、会場の指示に従うようにしないと周りや主催者の迷惑になります。(マナーでもバイブが鳴ったらアウトです。)場所によっては、携帯画面の明るさも迷惑です。また音響機材に影響を与える可能性もあります。

当然撮影も禁止です。稀にライブで撮影OKのものもあるようですが、基本的には禁止のアナウンスがあるはずです。

また演奏が始まる前にはトイレは済ませておきましょう。できれば、開場前に会場外ですませるとトイレ混雑に巻き込まれることはありません。

細かいこともまだまだありますが、少なくともこれらの基本は押さえて、音楽を楽しみましょう。

着物は日本の民族衣装!日本人なら知っておくべき着物の心得とは

かしこまった場所に出向く時、何を着て行けばいいのか悩む人は多いでしょうが、そんな時に重宝するのが着物です。持っているけど着る機会がないという人には、チャンスでもあります。

皆さん知っての通り、着物は日本の民族衣装となっています。そのため、フォーマルの場で着て行くものとして一番適していると言えます。

着物は、今の形の原型となっているのが平安時代になります。それ以前は、歴史の本で見るとわかるようにズボンやワンピースのような形が主流でした。

その後、時代によって着物の重ね着方や女性も袴などの変化を伴い、今の形になりました。しかし今、着物を普段着としている人は少数と言えるかもしれません。

その着物は日本を代表する衣装になるのですから、私たち日本人が何も知らないというのもやはり恥ずかしいものです。普段から着なくともそれなりに知識を持ったり、場所によっては正装として活用するのが格好いい大人に見えます。

特に着物の知識が全くない場合、例えば、本来は正装の場なのに洋服で言えば普段着にあたる着物を着てくるなど、正式な場であろうと「着物ならいいだろう」という感覚で格の合わない着物を着てくる人がいます。着物にも格式はあります。知っている人からすれば、恥ずかしいことです。

また、場に相応しい着物を着ても、着なれないと普段の洋服とは違って動きが制限されるように感じるがために、動きがぎこちなくなるかもしれません。確かに直線が多い衣装の特徴からして、綺麗な振る舞いでなければ見た目も良くありません。(洋服だといいと言うわけではないのですが)

立ち居振る舞いとして気をつけることは当然あるので、知っておくといいでしょう。

まず、洋服と違って袖があります。袖の存在に慣れずに、袂(袖の下、袋になっている垂れた部分)を引っかけてモノを壊したり、汚したりしがちです。粗相しない為にも、袂を反対側の手で押さえたり持つようにします。

女性の場合になりますが、トイレの後、後ろ姿に気をつけないと帯の垂れ先(下)がめくれ上がったままになっていることがあります。トイレに行った後は、確認する必要があります。

洋服と違って足を広げたりすれば、当然着物が広がってしまいます。そこからわかるように歩幅は小さめに歩くのが綺麗なのは当然ですが、裾もめくれたりしないよう、肘を少し曲げて手を下ろした自然の高さあたりで着物を持って押さえると綺麗に見えます。

また、洋服でも同じですが、背中を丸めた姿勢はやはり格好いいものではありません。と言ってもふんぞり返ったような姿勢も態度が大きく見えて良い印象もない。じゃあ、どうすればいいの?と思われるかもしれませんが、背筋をピンと真っ直ぐに伸ばせばいいのです。それだけで見た目もかなり良くなります。

細かく言えば、足先や指先の向き、使い方でも大きく印象が変わります。そこは衣装がどのようであっても、人としての心得は同じはずです。

そもそも姿勢が悪いと着物も着崩れしやすくなります。慣れないと難しいかもしれませんが、ちょっとしたタイミングで意識するところからやってみるといいのではないかと思います。

着物ばかりに目がいってしまいがちですが、着物の格式に合わせて選ぶなど、小物や草履にも気をつける点がたくさんあることは頭に入れておくといいと思います。

着物を着て外出する際の予備知識として。バックに入る余裕があれば、絆創膏や足袋の替えを持って行くと安心です。慣れないと鼻緒で皮を擦りむいたり、足袋を汚してしまいやすかったりします。そんな時に重宝します。

クレームでも言い方一つで変わる!相手を思いやれば相手も変わる

例えば店で買った食品を家で食べようと思ったところ、異物が入っていたとします。例えばネットで注文したはずの家具の部品が足りず、家具を組み立てることができなかったとします。

これらのように、店や業者のミスがあって被害をこうむった場合、誰もが腹を立てます。場合によってはケガをしたり、損害が生じることだってあるので当然でしょう。

そうした場合、多くの人は相手や店に対してクレームを言います。苦情を言う、と言う人もいますが、厳密に言えば苦情とクレームは、そこに感情が入るかどうかで若干違います。

苦情とは…他人から被害を受けたことに対して出る不満や不平などの感情。

クレームとは…取引などで違約が発生した相手に対して損害請求を求めること。または、注文。

いずれにしても、店や業者、相手に非があった場合、クレームを伝え、場合によっては損害賠償を求めることになるのですが、このクレームのつけ方もただ言えばいいというわけではありません。

そもそもクレームする側の目的として多いのが、相手に非を認め謝罪してもらう、損害の補修や賠償をしてもらう、業務の改善を要望するなどがあります。ある意味、意見の主張とも言えます。その為には、あった実害について相手に知ってもらい認めてもらう必要があります。

しかし、クレームを告げる人の多くは、ただただ自分の不満をまるでうっぷん晴らしを解消するかのような言い方をします。酷い人は、「態度が悪い」と話が変わったり、「店の作りが悪い」など、内容とは関係のないことまで言い出す人もいます。

例えばお客に対して店がミスをしてしまった場合、その立場の違いやミスなどの事実からしても、クレームを告げる側(お客)が強く有利なものであることには違いはありません。

とはいえ、相手も人間です。ただただ怒鳴って相手を非難するだけでは、相手側に非があったとしても頑なになるだけです。場合によっては、ただのいちゃもんと受け取られかねません。目的が変わってしまいます。

腹が立つ気持ちはわからなくもないです。しかしそれでは、本来ならばクレームを言うことで損害を保障してもらったり、改善をしてもらうはずの目的が達成できなくなります。目的を達成するためにもクレームする側として大切なこともあるのです。

まず、感情的にならないように話をすることです。相手のミスにより自分に被害や損害を被った時、つい怒りで怒鳴ってしまう人は多いものです。難しいことですが、感情的に言うと肝心な説明ができなくなってしまうので、冷静になることが大切です。

また、必要以上なことを言ってしまうと、かえってただの文句にしか聞こえず、本当にこちらのミスなのか?と疑問を持たれてしまうこともあります。

あった事実のみを冷静に伝え、また自分はどうして欲しいのかも明確に伝えなければ、ただの文句やうっぷん晴らしにしか取られかねません。

必要以上に話を大きくしないことも大切です。例えば店内で他の客に聞こえるような大声で言えば、店の心象が悪くなりますし、こちらも周りからはただのクレーマーにしか見えなくなります。

逆に店外や別室などで他の客にわからないようにしたり小声で話すと、その配慮に感謝されることもあります。

特に大声で怒鳴る、肩書を使って威圧する、脅すようなことを言う、何度も同じことを言うのは、相手を意固地にさせてしまうことになりかねません。

例えこちらが苦情を言う立場だろうが、相手を立てて配慮すると話はスムーズに進みます。それが大人としてのマナーでもあるはずです。